「くり」と「たんぽぽ」の飼い主・ポチがつづる猫との日常。先代猫は22歳で大往生した「きなこ」
きなこロス
2013年11月29日 (金) | 編集 |
きなこの四十九日の案内が
ペット霊園から送られてきました。

大晦日です。
きなこの名前が印刷されていることが
ちょっとうれしい。


まだ、きなこロスで胸が苦しくなります…。


きーちゃん、あのクサい肉球、口臭、毎日触っていた細くなった体、
愛しい肉体がなくなってしまったことに
まだ慣れることができません。
どこかで隠れて寝てて、
ひょっこり帰ってきそうな気がするよ。


今日は何だかきなこロスが重症です
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不調
2013年11月25日 (月) | 編集 |
今日は寒いです。

くりは、私の仕事部屋の椅子の下で
まあるくちっちゃくなってます。
もはや手がどこにあるか分からないくらいの
きれいな香箱。


きなこがいなくなって、何となくくりの居場所が定まりません。

前はきなこがいた場所が空いてることを
不思議に思っているような…。

私は、22年も一緒にいたきなこがいなくなり、
体に変調をきたしています。
頭痛がひどくて、夜、夢うつつで寝ていると、
きなこの呼ぶ声が聞こえたり…。

よっぽど毎日あの鳴き声を気にしていたんだなーと
自分でも驚きます。
1991年11月23日の写真
2013年11月21日 (木) | 編集 |
1991年11月23日
我が家にきなこが来て数日の頃の、最初の写真。
実家の庭で。
きなこ

父がゴルフ帰りに道端で拾った猫でした。
そのときからニャーニャー大きな声で鳴き、自己主張していたため、
父に拾われることになりました。
ノミだらけでくしゃみをすると鼻水も出て、汚なかった…
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私が結婚し、一緒に引越し。連れ子ならぬ連れ猫。
ダンナさんにも可愛がられ、ニャーニャーいって甘えました。
(基本、人見知りしないので、誰にでも文句&要求する)
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どんどん、家の主になっていきました。
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↓これは去年の冬。21歳。
目が見えなくなってきた頃。
もうヨボヨボのおばあさんだ、と思っていたけれど、
今みると、まだまだ元気そうです。
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手足が短くて、うまく香箱が組めなかったきなこ。
年をとってやせてきたら、手が長く見えたけど、
やっぱり香箱がうまくできずに、前足が交差してます。




きなこは時間に正確で、晩年は18:15が夕飯の時間。
17時半頃からニャーニャーうるさく鳴いてゴハンの要求をしていました。
くりは、それにつられて、一緒にウロウロしていました。

きなこがいなくなって2日目、うっかりしていて
19:30までくりにゴハンをあげるのを忘れていました。

今までは鳴いて知らせるきなこがいたので、
忘れずにあげていたのに、
くりはあまり要求しないので、分かりません…。

それに、きなこは缶詰もドライも何でもとにかくよく食べたけれど、
くりは選り好みが激しく、缶詰はスープのものしか食べてくれません。。。

おかげで、大量にあった猫缶が無駄になりそうな気配。

そして、きなこの粗相のために毎日大量に使い、
買いだめをしていたペットシーツも、要らなくなってしまいました。。

くりのトイレの下に敷くには多すぎる量ですが、
ゆっくりと使っていこうかと思います…。

くりさん、夕飯の催促はしてね!
1週間
2013年11月20日 (水) | 編集 |
きなこが旅立ってから1週間。
まだ1週間なのに、まるで遠い昔の出来事だったような気がします。

くりは、きなこの不在に気づいているのかいないのか、
いつも通りに甘えん坊です。

きなことちゃんと最期にお別れさせたのに、
もともと仲良くなくてふれあいがなかったからなのか、
年が離れすぎてるからなのか?
あまり気にしている様子がありません。



でも、私にとっては存在感が大きかったきなこ。
旅立って二日目の夜、深夜3時頃に、
ニャー!っという大きな声が聞こえて、
思わず飛び起きました。
くりの声かとも思いましたが、
くりは横でスヤスヤ寝てるし、あれは確かにきなこの鳴き声。

いつも、3時頃に、夜中のオシッコをして、
そのままへたりこんでしまうので、
「オシッコしたよ~!動けないから起こしてよ!」と鳴いていたのです。

で、私は起こされ、ホットカーペットの上に戻してやり、
撫でているうちに静かになるんです。
だから毎日寝不足…。

あの元気な大きい声が、最後に具合悪くなってからは、
「ンッ」としか言えなくなってしまったから、
大きい声を出せずにいっちゃったな、と悲しく思っていたのです。

だから、きなこがちょっと戻ってきて
空耳で聞かせてくれたのかもしれません。

でも、その次の日も、もう少し小さな「ニャー」の声を聞き、
どうしても3時頃に目が覚めてしまいます。

昨日は、ちょっとパターンが変わって、
きなこのニャーニャーいう声がしていて、
どこにいるの?と探している夢を見ました。

今日はどんな声を聞かせてくれるのかな。

あれ? ただ疲れてるだけかな…。

違うよね、きなこさん!
きなこ部屋
2013年11月16日 (土) | 編集 |
きなこが旅立った13日、
すでに心の準備ができていたので、
ペット霊園に予約を入れ、その日のうちに最後のお別れをして火葬し、
お骨になって帰ってきました。


以前、先代猫のポチのときもお世話になった
同じ系列のペットセレモニー会社です。
母と一緒に行きました。(若い頃は、きなこは母によく甘えていました)
こういうことを書くのはどうかとも思いますが、参考と記録に…。

個別火葬し、火葬後は立ち会いのもと、
飼い主自身がお骨をとり、自宅に持ち帰るコースで、36750円。

お骨は、係の人が、まるで標本のように
きれいな形に並べてくださり、
しっぽの小さな骨一つ一つもつながるように
並べられていました。

焼かれてしまう前は、毎日触り、抱っこし、
汚れを拭いていた愛しいきなこの肉体がなくなってしまうことが
悲しく、嗚咽しましたが、
お骨になって出てきたときは、悲しいというより、
きなこはこんな体格だったんだ、と興味深いのと、
愛しいのとで、ちょっと冷静になり、変な気分。

係の方が「きれいな喉ぼとけですね」と言っていました。
きっと、晩年まで声が大きく、よく鳴いたきなこは
もともと喉仏も立派だったんでしょうね。
説明を聞きつつ、思わずお骨をなで、
頭蓋骨の頭までも可愛くて(アホですね)
なでなでしながら、壺に入れました。

遺骨は自宅に持ち帰り、ポチの隣に。
その夜は大好きだったししゃもを焼いて
きなこの霊前に置き、私たちもししゃもを食べてきなこ供養。

夜は、きなこのお骨の部屋で寝ました。

そして翌日は、きなこがいた場所を片付けました。
悲しいけれど、主のいない場所を見ると余計につらいので。

私の仕事部屋の、
囲いをしたペットシーツだらけの場所がきなこのスペースでした。
もうインテリアを構っていられないごちゃごちゃのスペースです。

具合が悪くなり、月曜日には、囲いのところにお守りをぶらさげて
祈っていました。



大量のシーツをとり、下に敷いたジョイントマットの下にも敷いてあるシーツを取りました。
シーツを取りながら、いちいちきなこの残り香を確かめ、
泣きながら掃除していたので、なかなか進みません…。



やっと、とりあえず片付き、スッキリ。
そして、私も大泣きしたので気分一心できました。

でも、もともとオシッコの粗相をする前は、
ほぼこんな感じだったなーなどと思い出します。

早速、くりが探検しにやってきます。


片付けながら、昔のきなこの写真を発見!
誰でも応募できる、アマチュア写真展に出した写真です。
「夕陽色のきなこ」というタイトル。


そして今日(土曜)は、きなこの霊前をグレードアップ!
きなこを知る方から、お花を送っていただいたので飾り、
昨日、外出中にふと見つけて思わず買った「きなこ飴」も飾りました。

きーちゃん、華やかだよ!


ポチのときにもつけた、我流の戒名を決め、
書道の心得のあるダンナさんに書いてもらい、写真とともに額に入れました。

戒名は、
「天寿悠心真黄鳴女」(てんじゅゆうしんまきなこ)

天寿を全うし、悠々とした動じない心を持ち、よく鳴いた、というような意味です。
「黄鳴女」で「きなこ」とよみます。


今頃は、仲良しだったポチ兄ちゃんと再会を喜びあい、
ニャーニャー、大きな声でしゃべっていることでしょう。
きなこ大往生! 22歳と67日
2013年11月13日 (水) | 編集 |
突然ですが、我が家のきなこ、今朝(11月13日)朝6時頃、
22歳で永眠いたしました。

これまではブログでお伝えしてきたように、
足腰が弱り、目が見えないため、オシッコのそそうはあるものの、
モリモリ食べていましたが、
先週金曜日頃から急に体調が悪くなり、
てんかん発作も起きて、最期は朦朧とした状態で昏々と眠り続け、
朝、家族が起きてくる直前、静かに亡くなっていました。

まさに大往生だと思います。

以下は私の記録のためにも、詳しく記しておきます。


先週金曜日夜から土曜日にかけて、
オシッコをする態勢になるものの、出ない様子でした。
しかも、いつもだと大きく「ニャー」と鳴くのに、
「ンッ」ってか細い声で鳴き、
夜になると大好きなウェットフードを半分も食べないので、これは変だと思い、
日曜日の朝、かかりつけの病院に電話をして状況を説明し、
(当然、休診日でしたが、留守電にメッセージを残しておいたら、
薬を出すよ、と先生から電話がありました。感謝!)
膀胱炎かウンチが出ないのだということで、
抗生物質とホメオパシーの膀胱炎のレメディーを出してもらいました。
(かかりつけの病院は、ホメオパシーを補助的に使用しています)

10日(日)
抗生物質と、膀胱炎のレメディーを与えてひと安心していましたが、
やっぱりオシッコは出ず、フードをまったく食べなかったので、
無理やり口に入れたり、水を飲ませたりしました。

11日(月)
朝、薬をあげた後、てんかん発作を短時間に2回起こし、
その後から意識が朦朧とした感じに。
でも失禁でオシッコが出たので、ちょっと安心。

心配なので、ずっと抱っこしながら仕事をしていました。
お昼は、スープ状のカルカンを4口くらい食べ(というか、口に入れさせた)
ぐっすり寝てました。

「きなこ」と書いたタオルと、お気に入りの袋の中に入れて抱っこ。
私はこのまま仕事中。
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夕方頃になり、ふと顔を見ると、
目が奥目になってしまい、瞬膜が出て、瞳がカピカピした感じに。
ネットで調べたら、脱水症状のときにこのような目(眼球陥没)になるというのを見て、
あわてて、水分補給をしなきゃ、とまた病院に相談。

スープ状の流動食と、ホメオパシーの「自力で再生する力を出す」レメディーをもらいました。

その後、19:00すぎに流動食をシリンジで少しずつ口に入れさせ、
合計20mlくらいは口に入れました。
でも、19:30頃にまた軽いてんかん発作。また失禁して、オシッコが出ました。

オシッコが出たので、また水分不足が気になり、
水を少しずつ与えました。

今日1日で合計3回てんかん発作を起こしたので、心配で
ほぼ寝ずに抱っこし、仕事をしながら起きていたのですが、
その日は特にスヤスヤと、ときおり手足をフミフミするように動かしながら寝ていました。

12日(火)
日中は、特に具合悪そうには見えず、スヤスヤ、呼吸も安定して寝ていました。
時々手足を歩くように動かすので、「歩いている夢を見てるのかな」と思っていました。

でも、意識が朦朧とした感じで、顔を上げても表情はなく、
くたーっとした状態でした。
水分をあげれば回復するかも!と流動食を口に入れ、水をあげていました。

夕方頃から明らかにぼんやりとした顔になり、
夕食に食べさせた流動食を吐きました。
その頃から、スヤスヤ寝てはいても、
時々頭や手足を時々ピクピクと痙攣させるようになり、
おかしいなとは思いつつも、祈るような気持ちで見守るばかり。
そして、手足の肉球が時々冷たくなるので、
一生懸命さすると、また温かくなるので、時々マッサージしていました。


深夜1時頃、レメディーを口に含ませ、
夜中2時半頃まで、スヤスヤ寝つつ、時々ピクピク痙攣するのを見ていましたが、
呼吸も心臓の音も安定しているので、私も寝ました。

寝ながら、脳梗塞みたいな感じで、このまま小康状態で、
寝たきりになるのかなー、それともやっぱりダメでいっちゃうのかなーなどと思いつつ…。

13日(水)
朝6時少し前、ダンナさんが起きてきなこの様子を見ると、
昨晩飲ませたものをちょっと吐いて、
眠るような表情で、もう動いていない状態でした。

まだ温かく、私が抱っこしたらクニャーっとして、
弛緩したのか、出てなかったオシッコがジャッーと出て…。
パジャマにオシッコがつきました。
だから多分、亡くなって間もなかったんだと思います。

ちょっと前まで食欲旺盛でもりもり食べていたので、
あっという間でしたが、大往生でした。

てんかんが起こって以来、ぼんやりしていたので、
最期は脳の病気(脳梗塞みたいな感じ?)だと思います。
病院でも、そうじゃないか、と言われました。

きなこを見て確か最初に言ったのは、「あー、きーちゃん、やっぱりダメだったか…」。

ちょうど昨日で忙しい仕事が終わり、今日は何もない日でした。
きなこが具合が悪くなって、半分はお別れの覚悟をしつつ、
自分の仕事のスケジュールを見て、
内心、(この日に亡くなったら、ちょうどゆっくりお別れできるな)と思ってしまいました。
もしかしたら、それが伝わったのでしょうか…。ごめんね、飼い主の都合を考えちゃって。

でもさすが22年も生きてる猫、察しがよく、飼い主孝行でした。

今日はペット霊園で葬儀をし、お骨を家に持ち帰りました。

霊園に行く前に、もう今は歩かなかったけれど、
昔好きだった各部屋、日の当たる窓辺、
ゴロゴロして、隙間から下界をのぞくのが好きだったベランダを見せてあげました。
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オシッコの粗相する前までずっと愛用していた
ピンクの肉球クッション、最後に着ていたボーダーのベストを入れ
22歳のお祝いに作った「22歳!」と書いた三角のパーティー帽子をかぶらせ、
好物だったししゃもを腕に抱かせて、あちらの世界へと送りました。

この帽子です。注:これは生前ですよ。ヨレっとしてますが…
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大往生のきなこにふさわしい、
「猫生の最期のお祝い」と思ってお送りしました。

(きなこを応援してくれている友人いわく、「パレードみたいだね」って。
本当に、そんな感じに送りたい、と思ったのです)

猫生が長すぎたので、
今は過去を思い出すと悲しいのであまり考えませんが、
22歳という年齢、介護生活を思うと、別れがついに来たことで、何だか心底ホッとしました。

ポチのときのような、深い、後悔のある悲しみではなく、
充分やりきったという気持ちと、ぽっかりと何かが私の体内から出て行ったような、
空虚な悲しみがあります。

でも、長生きして、好きなことをして、
本猫は幸せ者だったと思います。


このブログの両脇につけている、カウントダウンメーカーによると、
22歳の誕生日から67日、23歳まではあと298日でした。

★最期に、応援してくれていたみなさんにお別れの写真です。
きなこの尊厳のためにもショックがないように充分気をつけ、顔は写していませんが、
(頭部の帽子と、肉球のみの写真です)
嫌な方はスクロールしないでくださいね。(閉じる設定がわからず…)











こんな感じで、帽子をかぶっていきました!
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みんな、22年間ありがとう。わたしゃ幸せだったよ。ばいばい! 

きなこより。


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